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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)200号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人鈴木喜太郎の上告趣意書は一、刑事訴訟法第三三六條は「事実の認定は證據に依る。」となし、同法第四〇五條は「控訴裁判所の判決には第一審の判決に示したる事実及證據を引用することを得。」となしてゐる。而して右四〇五條の解釋に關して学者は「蓋し判決書の作成に付きその労を省かしめんがためである。」(小野清一郎刑事訴訟法講義五四一頁)となし又「これは手續を簡略ならしめるための手續上の便宜規定であって実體面に關するものではない。」(團藤重光刑事訴訟法綱要六四二頁)となし又「無用の手續を反覆せしむるに過ぎざるが故に之れを省略する爲第一審判決の記載を引用することを得せしめた。」(矢追秀作刑事訴訟法要義六五二頁)と説明してゐる。但し同條に關し「社會一般及び被告人に對する判決の機能を滅殺する虞なしとしないであらう。立法論としては再考の餘地があると思ふ。」(小山松吉刑事訴訟法提要五六五頁註)となし之れを非難する学者もある。要するに刑事訴訟法第四〇五條は便宜規定であるとなすのが一般であるが、然し審級制度を認めた趣旨及び自由心證主義並に證據方法の取捨選擇の問題とも關聯し、同條の適用に一定の限界あるものと信ずる。即ち控訴裁判所は控訴裁判所に於ける審理を基礎とし、必要あらば第一審の判決に示したる事実及び證據をも引用したる上、その證據に關しては刑事訴訟法第三三七條に所謂判事の自由なる判斷によって證明力を決すべきである。自由心證主義と證據方法の取捨選擇の問題とは同一でない。而して刑事訴訟法第四〇五條は證據方法の取捨選擇にその範圍を擴張し便宜を與えたものである。又審級制度よりすれば控訴裁判所に於いて第一審の判決に示したる事実及び證據を引用するは全くの便宜であり例外である。之れは控訴裁判の覆審であることから當然である。若し控訴裁判所に於いて刑事訴訟法第四〇五條を無制限に引用することを得るものとすれば控訴裁判所は控訴裁判所に於ける審理に基礎を置かず、第一審の判決に示したる事実及び證據のみを引用して判決をなすことを得る結果となる。之れ正しく審級制度の無視であり、控訴裁判の自殺である。法はかくして迄刑事訴訟法第四〇五條を規定したものと見ることが出來ない。更に控訴審に於ける審理と第一審に於ける審理との間に相容れないものがある場合その何れを採って判決の基礎となすかは自由心證主義の問題ではない。審級制度の本質として控訴審の審理に基礎を置き足らざるを第一審の審理より補ふべきである。右の理論は證據方法に關しても同一である。被告人の供述を録取したる所謂公判調書に於いて其の被告人の供述が第一審と控訴審とに矛盾がある場合控訴裁判所が控訴審に於ける供述に觸るゝことなく單に第一審の供述のみを證據方法として直ちに採用することが許されようか。それは許されない。何んとなれば右は自由心證主義の問題でないばかりでなく、審級制度を無視して迄刑事訴訟法第四〇五條を規定したと見るべき何等の根據がないからである。加之右の審級制度の無視並に證據方法の取捨選擇の誤りは次なる結果を導く。それは此の證據方法に基きてなしたる判決は事実の認定を正當なる證據によらずしてなしたことゝなり、更にこの結果は刑事訴訟法第四一〇條二〇號に所謂判決に示すべき判斷を遺脱したことになる。二、然るに本被告事件に於いては被告人は控訴裁判所の第一回公判調書一三頁以下(訴訟記録四四九頁以下)に於いて被害者板橋キミヨを殺害した動機が種いもの價格に端を発し一時の興奮からであると第一審の供述を否認してゐるに拘らず同裁判所はこれに觸るゝことなく、判決理由に「この山道を通りかゝるのを見受けるや急にキミヨを殺し金を取らうと思ひ立ち」となし、更に判示事実の三に「原審第一回公判調書中被告人の供述としてキミヨの死因を除き判示同旨の記載」となした點控訴裁判所の審理を無視し第一審の供述を證據として採用してゐる。之れ刑事訴訟法第四〇五條の濫用であり、同第三三六條の違反であり、又同第四一〇條二〇號に該當し、右控訴判決は破棄すべきである。というのであるが

證據の取捨選擇は事実審裁判所の專權に屬することで第一審の公判における被告人の供述であらうと第二審の公判における被告人の供述であらうと事実審裁判所は自由にその措信する供述を證據として事実を認定することができる。辯護人の主張するような、被告人の供述が第一審と第二審とに矛盾がある場合第二審裁判所は單に第一審の供述のみを證據とすることは許されないといふ法則はわが刑事訴訟法の採らないところである。第一審公判における被告人の供述もこれを録取した公判調書が適法に第二審公判において證據調べがされた以上第二審公判における被告人の供述自體とその證據價値において少しも違わないのである。第一審公判における被告人の供述を證據に採りこれと矛盾するところのある第二審の供述を證據に採らなかったからといって辯護人の主張するように裁判の審級制度を無視するものとはいえない。

原判決には論旨にいうような違法の點はなく論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法第四百四十六條に從って主文のとおり判決する。

以上は全裁判官一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山清一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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